●タンパク質の音楽の今日的意義

 だがタンパク質の音楽という概念は今日広まっていない。これは、ひとつには時代を先取りしすぎたのではないかと思う。環境が整っていないために一般化しなかったのだ。博士が実験した1990年代初頭には、タンパク質のアミノ酸配列を知ることは専門の研究者でなければできなかった。それを楽譜に起こして演奏するとなると、面倒な計算と作曲の才能と楽器演奏の能力のすべてが必要だった。生化学的知識も求められる。ステルンナイメール博士のような多彩な才能を持つ学者でなければできない相談だった。

 ところが、現代はインターネットの時代である。ネット上にはタンパク質の無料データバンクがある。アミノ酸配列を楽譜に変換する作業もパソコンでできるし、パソコンでそのまま演奏させることもできる。問題はどのタンパク質を選択するかという生化学的知識だが、これもネット上でいろいろと情報が検索できる。すべて個人でできるし、特別な投資は必要ない。それが可能な環境を自分でつくっておけば、目標とするタンパク質を音楽に変換する作業は10分ほどですむ。

 この環境を構築するのに必要な物はざっと以下のとおりだ。
 @ インターネットに接続可能なパソコン
 A アミノ酸の質量を楽譜に変換する表計算ソフト
 B 楽譜をmp3などの音楽ファイルに変換したり演奏したりするソフト

 表計算ソフトに関数を組み込んで計算させたり、ネット上で使えそうなフリーソフトを探したりするのが多少面倒くさい。でも、理系の学生なら2週間位でシステムを構築できるのではないかと思う。私の場合それくらいかかった。一度音楽ファイルを作成しておけば、好きなときに好きなだけ再生して聴くことができる。

 なお、タンパク質の音楽はシュテルンナイメール博士の特許技術なので、商業利用するには博士の許可が必要である。

●医療技術としてのタンパク質の音楽の問題点

 公平に言っておかねばならない。医療技術としてのタンパク質の音楽は万能ではない。

  1.  適用できる症状が限られる。特定のタンパク質が問題である場合にのみ効果がある。
  2.  副作用がゼロではない。化学療法のように薬物残留はしないが、聴き過ぎると副作用が出る。牛と牛乳の実験では、聴かせ過ぎると雌牛が乳腺炎を起こした。また、特定のタンパク質に特化した音楽を聴いていたはずが、たまたま類似したフレーズが交ざっている別のタンパク質の効果が出るおそれがある。
  3.  音楽というよりも音列なので、そのままでは聴きづらい。博士は聴きやすいように手直ししていた。音楽的センスがあったので、調性を整えたり音符に長短をつけたり、普通の音楽らしく言わば作曲したのだ。パソコンで自動変換した場合それはできない。クラシック音楽でたとえれば前衛的な12音技法を使った曲のように、聴く側がなかなか心地よくなれないのだ。12音技法は20世紀初期にできた無調音楽であるが、聴く者にある種の緊張を強いることになる。これではリラックス音楽としての用途にはふさわしくない。もちろん、若干効果が劣るかもしれないが、調性を考慮した変換にすることは簡単にできる。だがそれでもなお聴きやすいとは言い難い。

 とは言えこの技術が一般化すれば、解決できる問題もあるだろう。たとえば U は、特定の音楽に副作用が出やすいという知識が蓄積されれば、聴く側の注意によって避けられる。また、化学反応が進みにくい部分や化学反応が始まるトリガーになる部分だけを抽出して、聴きやすいフレーズに編曲することもできるだろう。

 だが V は音楽としては基本的な問題である。私の場合、スピーカーではなく振動スピーカーを用い、音としてよりも振動として使うことも考えている。振動スピーカーは振動板を持たず、骨振動のように振動そのものを伝える。パソコンと無線接続する携帯サイズの振動スピーカーを使えば、患部に直接スピーカーを当てるといった使い方ができる。

 だがそれでもリラックス音楽としては使えない。振動スピーカーでも結局音として聞こえることになる。超音波スピーカーがもし存在するなら使ってみたいくらいだ。そもそもこの技術は本来電磁波を用いるべきものである。効果はそちらのほうが高いだろう。がん患者さえ治療したと言われるレイモンド・ライフ博士の業績のように、電磁波による医療という分野になる。だが、電磁波医療には専門の器具が必要だ。現時点で誰でも簡単に扱えることが、タンパク質の音楽の利点である。あくまで電磁波にこだわるなら、将来的には可変周波数の可視光による電磁波治療器具などが登場するのかもしれない。だが当面はいろいろな周波数が交ざった太陽光の日光浴でよしとしよう。



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