●電子はディラックのデルタ関数である

 電磁気学に出て来るデルタ関数は、1933年にノーベル賞を受賞したイギリスの物理学者ディラックが考え出した超関数だ。ある一点において密度は無限大、しかしその密度を積分して全体量を求めると有限量であるという不思議な性質を持つ。電荷密度が一点で無限大になる状態を記述できる。電子のように粒子の大きさが非常に小さい場合にも適用できる。電子がデルタ関数で記述できることは物理学で認められている。

 電子がデルタ関数で表わせると物理学で認められているなら、電子を数学的に理解するにはデルタ関数を理解すればいいはずだ。けれどもそれが簡単ではない。デルタ関数は一般の関数とは異なり、超関数に分類される。特異点を取り扱うことを可能にしたが、近似的にしか数式で表わすことができない。近似式はいろいろある。たとえば周期関数を含む近似式にはsin(nφ)/πφがあるが、今ひとつ物理的な意味がわからない。

 ところが、近似式を探すまでもなく、デルタ関数は数学的に直交関数で表わすことができるらしい。ルジャンドル多項式やルジャンドル陪関数や球面調和関数はすべて直交関数である。たとえば、デルタ関数を複素共役な球面調和関数で表わすと次のような数式になる。ここでnは軌道角運動量量子数、mは磁気量子数とする。*記号は複素共役を表わしている。複素共役の掛け算の順序は、複素数の内積の公式に沿う。

デルタ関数

「ポアソンの公式(Poisson's formula)」の導出

 球面調和関数 Yn2m2 と複素共役な関係にある別の球面調和関数 Yn1m1* との内積を積分すると、4次元の角度のデルタ関数と5次元の角度のデルタ関数の積になる。上式はそう解釈できる。右辺に半径方向のデルタ関数をかければ球面ではなく空間に分布するポテンシャルを表わす式に拡張できるが、今考えているのは球面モデルなのでその必要はないだろう。
 球面調和関数 Ynm は条件(@)のシュレディンガー方程式の解の角度成分だ。その上@式は条件(A)のデルタ関数の角度成分にもなっている。球面状のモデルになるだろうが、@式の左辺に対応する物理モデルが存在すれば、それは水素電子の物理モデルになりうると考えられる。

 とは言えこの数式を眺めただけでは物理モデルに結びつくとはイメージできないだろう。そもそもこの数学表現は複素空間で表わされるから、常識的に考えたら意味などない。しかし、高次元の物理モデルを表わすと考えると意味が理解できる。実1次元虚2次元の球面軌道を回転する動径を意味していることがわかってくる。さらに「高次元変数とその複素共役を掛け算すると実次元の変数になる」という基本原理が見えてくる。

●電子は2本の回転する動径を持つ

 @式に出てくる球面調和関数は、単なる球面調和関数でなく複素共役の内積になっている。これは、ひとつの高次元球面に複素共役の関係にある2本の動径が存在することを示唆している。3次元で観測できる実数値の物理量は、この2本の動径の組によって定義されると仮定したい。1本の動径だけでは高次元変数でしかなく、実3次元に現われない。

 2本の動径が実1次元虚2次元の球面上の軌道を回転するという物理モデルを考える。

 4次元の方向には2本の動径は複素共役の関係にあり、互いに逆向きに同じ速さで回転している。そう仮定すれば2本の動径は水素原子におけるシュレディンガー方程式の解を満たす。動径の4次元の回転は複素指数関数e^imφとe^-imφで表わされ、それぞれ逆極性の高次元電荷を意味する。

 それでは5次元の方向には、2本の動径の回転速度はどのような関係にあるのだろうか?これを推測するのに役立つのは、やはりシュレディンガー方程式である。水素原子におけるシュレディンガー方程式は、数学的にはどんな場合でも解が存在するわけではない。実は方程式が解けない場合の方が多く、今まで見てきたような解を持つのは特別な条件がある場合に限る。
 水素原子の電子の全角運動量を L^2=Lx^2+Ly^2+L_z^2 で表わすことにする。これを極座標系形式に変換し、球面調和関数の方程式にして解く。解が存在するのは角運動量の演算子 L^2 の固有値が l(l+1)h^2 である場合のみである。このとき同時に Lz=mh となることが知られている。ここでhは換算プランク定数である。

 今までの考察によると、換算プランク定数hは複素平面で1回転したときの角運動量を示すものだった。 Lz=mh は、4次元の複素平面でm回回転すればm回分の角運動量が発生するという式だ。では L^2=l(l+1)h^2 は何を意味するのだろうか。5次元の角運動量を示しているはずだ。つまり、水素原子におけるシュレディンガー方程式が解を持つのは、5次元の角運動量にあらかじめ lh(l+1)h が含まれている場合だと推測できる。軌道角運動量量子数lは動径の5次元の回転速度を示すから、2本の動径の回転速度は同じ方向にlとl+1の組み合わせになっているに違いない。

 乱暴な推論に思えるが、傍証もある。昇降演算子という演算子がある。量子的な調和振動子や角運動量の固有値を増減させる働きがある。磁気量子数mを1増加させてm+1にしたり、1減少させてm−1にしたりする。増加の演算子と減少の演算子はそれぞれ次のように表わされる。軌道角運動量量子数をここではjとする。

上昇演算子
下降演算子
ウィキペディア:昇降演算子

 上昇演算子の式は角運動量ベクトル (l,m) と角運動量ベクトル (l+1,-(m+1)) のノルムになっている。下降演算子の式は角運動量ベクトル (l,m) と角運動量ベクトル (l+1,-(m-1)) のノルムになっている。2本の動径の4次元の回転方向は逆で速さはmと−mであり、5次元の回転方向は同じで速さはlとl+1であることが推論できる。

 このあたりの数式は、数学の群論で言うリー群のSO(3)の理論と似ている。3次の特殊直交群であり、球の回転を意味する。電子の正体が球面上を回転する2本の動径だと考えればこの類似も納得できる。
EMANの物理学:2l+1次元表現

 球面調和関数の積については、数学的にクレブシュ-ゴルダン係数として研究されているようだ。
ウィキペディア:クレブシュ-ゴルダン係数

●電子とは複素共役な球面調和関数の積の積分である

 ある球面調和関数と別の球面調和関数の複素共役との積を@式に従って計算してみることにする。ルジャンドル陪関数は実数であることに注意し、規格化係数を無視すれば内積は次のように変形できる。

球面調和関数内積

 この電子モデルでは、2本の動径は4次元で複素共役の関係になっている。4次元の回転の向きは逆で大きさは等しく、e^imφとe^-imφで表わされる。従ってその積は、e^-imφ×e^imφ=1になる。よってルジャンドル陪関数の項だけが残り、虚数部は消え失せる。それで@式の左辺を計算すると実数であるデルタ関数の積になるのだろう。

 @式の左辺は、関数の関数である汎関数の形式になっている。球面調和関数の関数になっているわけだ。詳しく言えば複素共役な球面調和関数の積の積分値であるから、動径が空間を移動したときの高次元ポテンシャルである球面調和関数2つの積を合計したようなイメージでとらえられる。高次元での球面調和関数の形が電子の性質に反映していると考えることもできる。
 また、@式の左辺は直交する平面でそれぞれ360度定積分しているから、極座標表示した球を体積分したときの角度部分ともとらえられる。要するに球面上の積分ということだ。
 合わせて考えると、@式の左辺は次のような意味だと考えられる。同じ球面上に複素共役な2本の動径があり、それぞれ量子数l,mによって定まる軌道を回転している。動径の移動に従って、高次元ポテンシャルである球面調和関数の値も変化する。2本の動径の球面調和関数の積を計算し、さらにそれを全球面で積分している状況だ。式中にsinθが含まれるが、極座標表示した体積分の公式通りなので特に意味はない。動径の軌道は手まりのように球に糸を巻きつけた形状であろう。ただし糸の出発点と終点は必ず重なる。動径の4次元方向の回転速度mと5次元方向の回転速度lによって軌道の複雑さはいろいろと変化する。

 @式の右辺はデルタ関数の積だ。4次元角度のデルタ関数と5次元角度のデルタ関数の積だ。ただし4次元の角度変数や5次元の角度変数には量子数mやnで表わされる係数がかけられていると解釈できる。デルタ関数を区間[-∞,∞]で積分すると定義上その値は1になる。だが@式の右辺の場合積分範囲は[-∞,∞]でなくてもよさそうだ。動径が元の「電子の3次元出現点」に戻ってくるまでに回転したm回転やn回転の角度でいいのではなかろうか。変数に係数を掛けたデルタ関数は、係数が存在しないデルタ関数の振幅を定数倍した形のグラフになる。たとえばm倍速の動径があるとすると、デルタ関数の振幅は1/mになる。しかし変数がm倍速になっていても、振幅の減少と積分範囲の増加が相殺するから、@式の右辺を積分した値は変わらず1になるのだろう。デルタ関数が関数functionでなく分布distributionと数学的に分類されるのはこういった事情なのだろう。@式の右辺の積分値は同じ1でも、係数となる量子数によって高次元ポテンシャルの分布の形は違うことになる。動径の回転によって発生する電荷の量は同じであっても、「電荷の質」は異なることを表わすのだろう。@式を区間[-∞,∞]で積分すると、動径が4次元と5次元の軌道をずっと回転し続けていることを意味するだろう。

 ところで量子力学では、波動関数は複素共役の積の合計が1になるから存在確率を示していると解釈し、確率密度という概念をあてはめている。私の見方では、@式はポテンシャル密度を表わしているように思える。緯度と経度でパラメータ表示される軌道上の位置によってポテンシャルの値が変化し、複素共役との積を電子軌道の全長で合計するとその値は1になる。合計値が決まっているのに局所的に関数の値が大きい部分があるとき、密度の大小の概念を当てはめるのは理にかなっていると思う。もっとも複素共役の積は複素数でなく実数だから、@式が表わしているのは電荷密度と言うべきかもしれない。電荷密度ρは電荷qにx, y, z の3 方向のデルタ関数をかけたもので定義される。デルタ関数を電子軌道の全長で積分すれば電荷密度を積分したことになるから、電荷そのものになるのは当然だ。

 引用資料「ポアソンの公式(Poisson's formula)の導出」の末尾には、次のような記述が添えられている。
「(電荷の)「粒子の位置」に関する情報が「球表面上のポテンシャル」に関する情報に置き換わっていることにも注意」
 なんと意味深長な言及であろうか。電荷あるいは電子は大きさを持たない粒子ではない。球表面上のポテンシャルに還元されるものなのだ。ただしそれは高次元での大きさなのだが。高エネルギーの衝突実験で大きさを検出できるような存在ではない。



[前へ]  [トップページへ]  [次へ]